裏の裏って表じゃなくて表3じゃないの?

小説や漫画の巻末に「この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは 一切関係ありません。」と記されていることって、実はとても優しいことなんじゃないかと思う。

小説や漫画の中で傷つけられたり、レイプされたり、殺されたりした人たちの痛みや悲しみや苦悩や無念なんて、全部嘘なんだ。傷つけて、レイプして、人殺しをした人たちだって、本当は存在しないんだよ。

そういうのは読者が好きなように消費して、気が済んだら資源ゴミとして捨てるなり古本屋に売るなりすれば良いのだから、まあ、私がずっと抱えているもろもろのもろもろも、「そういうこと」なんだろうな。

なるほど世の中とてもうまいことできてる。その「うまいことできてる」仕組みからどうしてもはみ出してしまう私に、「皆さん」はスナック感覚で「不良品」のラベルを貼って去っていく。それ、どんな味がした? 蜜の味みたいな? って一度きいてみたいと思ってるんだけど、誰一人として「私が貼りました」って名乗ってくれる人はいないんだ。「責任の所在をうやむやにする方法」「お互いの首を絞めあう人々を安全地帯から傍観するコツ」「無難とはつまり至上である」、このあたりは、そろそろ教科書に載りそうな雰囲気だよね。

「数の多さ」は「正しさ」とほぼ同義だそうで、だから「皆さん」は厳然たる正義なんだって。だからその正義にそぐわない私は「悪」とされて、「悪は排除されて然るべき」という理屈に寸分の疑義も唱えない「皆さん」が、今日もインターネットの海辺でレジャーシートを広げて綺麗な合唱の練習に励んでる。それはとても美しくて素敵なこと(とされている)。

棺おけに片足を突っ込みながら「美辞麗句」って辞書で引いたことあんのかよ!!なんて叫んだってさ、「皆さん」には無様にしか映らないだろうし、適当にスマホで撮影されてSNSとかに上げられて「ほんと草」で終了でしょう。「お約束」とか「テッパン」とか、そういうわかりやすいテンプレは決して否定しないけど、面白いとは1ミリも思わない。今頃すでにイイカンジに忖度済の最新版が神保町の三省堂に並んでいるんだろうか。

本当のことを見たり考えたり思い出したりしようとするとネ、前頭葉とか海馬あたりがキュッとするんだ」ってのも、きっと嘘なんだね。だってそもそもが作り物の世界なんだし。ある意味で出オチなんだよね。なんでもっと早く気がつかなかったんだろう。あ、馬鹿だからか。それ以外の理由が思いつかないほど、私は馬鹿なんだったー。

拍手喝采が全く起こらない一人舞台から引きずり降ろされて、スポットライトの当たらない場所まで連れて行かれて、優しい「皆さん」に私はこう忠告されました。「弱いものは弱いまま、弱いなりに生存の継続に感謝するべきです。口答え? 死にたいなら自己責任でどうぞ」

ん、それも嘘なんだろうか。

高尾山に濃い霧がかかっていた日があって、散歩しながら、天狗ってあの辺に住んでいるのかなーってなんとなく指をさした先で「皆さん」が朗らかに笑ってた午後に、(平和だな)っていう、極めて心地よい幻影に遭遇しました。

嘘つきのご機嫌取り合戦を勝ち抜いた人が偉いんだって。クスクス。

それで?

参加するなら参加賞くらいあげてもいいよー。キャハハハ。

いらない。

「クズ」「勘違い」「●ね」……。私はたまの暇つぶしに、足元に散らばっている自分に付けられたラベルの文言に目をやる。ちょっと惜しいなーとは思う。私だったらもっとシンプルな言葉で、私なんて一撃で仕留められるのに。私の急所は私にしかわからないから仕方ないんだけど、うーん、それにしたって、もう一捻り欲しいところです。や、別にいらないけど。これはフリじゃないからね。……っていう注釈にまみれた世界は、私のような馬鹿にも(今のところ)生存権が認められているという点で、つくづく優しいなと思う。

しょうがないよね、自由を求めれば呼吸が苦しくなるし、ゴキゲンよくニコニコしていれば阿呆だなんだと妬まれるし、「正しさ」を疑えば「悪」のラベリングをされるし。「皆さん」でチカラを合わせてそういう世界を創ったんでしょう、素晴らしー!

私の心を鷲づかみにするようなサムシングなんてのはどんどん潰されて、消去されて、なかったことにされていく。心の中に小さな墓標でも建てるのにさえ、そのうち規制がかかるんだろう。最新技術でワルイヤツラの思考はお見通しだ! みたいな。はは、こわ。

いや知らんけど。被害妄想で終わって欲しいとは思うけど、私もね、無責任だから。わー、「皆さん」とお揃い!

「この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは 一切関係ありません。」

そんなことはハナっからわかっているよと言わんばかりに「皆さん」は、その「優しさ」を気に留めることもなく表紙を閉じる。誰が何と言おうと間違いなく、この世界は正しくて優しい。そしてその正しさと優しさに殺されかけている私こそがちっぽけな「エラー」なんだろう。歪んだピースなんて、「正しくて優しい世界」にとっては邪魔だから。

嘘の嘘は本当だ、という嘘。がそもそも本当ではないという、冗談?
面白くないからやめて。
「その嘘、本当?」って質問したらさ、「皆さん」は怒っちゃうんだよね。うん、そんなことはわかってるから、二度ときかないよ。

もう心のままに好きなだけ叫べるんだ、
みんな大好き!
みんな愛してる!
心の底から、ピース!ピース!ピース!

全部、嘘。

「この散文はフィクションであり、実在の人物及び団体とは 一切関係ありません。」

「このアカウントはフィクションであり、実在の人物及び団体とは 一切関係ありません。」

「この認識はフィクションであり、実在の人物及び団体とは 一切関係ありません。」

オッケー! ぜんぶ知ってた。私は全然大丈夫だから、笑ってもいいよ。

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