これは、紅茶がさめるまでに語られる、「本当の彼」が「彼女」と結ばれるまでの暇潰しにもならない物語。 【悪夢の演出家より挨拶】 最初に告げておきましょう。僕は一介の演出家に過ぎません。この白い箱には約束という名の極上のプレ […]
カテゴリー: 「彼」について
第一章 幻想即興曲
篠畑礼次郎はスープを掬う手を止めた。しばし微動だにしなかったのだが、たった今受けた報告をもう十分に咀嚼したのか、一人で頷くと 「資料はありますか」 そう若宮郁子に訊ねた。若宮は青ざめた顔色を戻せないまま、おぼつかない手つ […]
第一章 幻想即興曲(一)
篠畑礼次郎はスープを掬う手を止めた。しばし微動だにしなかったのだが、たった今受けた報告をもう十分に咀嚼したのか、一人で頷くと 「資料はありますか」 そう若宮郁子に訊ねた。若宮は青ざめた顔色を戻せないまま、おぼつかない手つ […]
第二章 洗脳の方法
ミズ・解剖医が気だるげに白衣を着替えながら話しかけるのは、一人の迷える仔羊だ。 「つまりは肯定されたいわけね、あなたは。肯定には色々オマケがついてくるから。いい点数、高いお給料、羨望の眼差し。でも誰から? 世界から? 世 […]
第一章 幻想即興曲(二)
篠畑が連続自殺教唆で死刑宣告を受けてから半年後。唐突に執行の日はやってきた。絞首台の上へと、両脇を執行官に抱えられながら、篠畑は死の階段を一段ずつ上っていた。「まるで人生を振り返るように一歩一歩、噛みしめるように上ってい […]
第三章 さようならだけはいわないで
冷たい廊下にカツン、と高音が響く。狭い空間によく映える鋭い音。それがテンポよく聞こえてくる。彼は読んでいた本から目を離し、来客を待った。カツカツという靴音は、彼の部屋の前で止まる。 一呼吸置いてから、来客は静かに彼にこう […]
第一章 幻想即興曲(三)
「いやぁ、似合いますね」 篠畑の社交辞令に、若宮は「どうも」と棒読みで答えた。若宮はいわゆる「キャリア組」のため、本来ならば現場で指揮を執る立場にいるはずの刑事である。だが、父親の遺志を継いで刑事になった彼女は敢えて「現 […]
第二章 洗脳の方法(一)
ミズ・解剖医が気だるげに白衣を着替えながら話しかけるのは、一人の迷える仔羊だ。 「つまりは肯定されたいわけね、あなたは。肯定には色々オマケがついてくるから。いい点数、高いお給料、羨望の眼差し。でも誰から? 世界から? 世 […]
第四章 その手から零れ落ちる羽
【某年某月 獄中での手記】 いつから、僕は自分の影に囚われ、自分の翳に飲まれたのだろう。それとも、これが僕の本当の姿だったのだろうか? だとしたら、きっと僕は幸せだったんだろう。 彼女が教えてくれたのかもしれない、僕の知 […]
第五章 その面影
「――、おはよう」 彼女の記憶から唯一欠けているものがあったとしたら、それはきっと彼が呼ぶ彼女の名前だ。 名前そのものを忘れたわけではない。あの人が彼女の名を呼ぶその声が、どうしても思い出せないのだ。 「……おはよう」 […]