その夜の南大沢警察署は、悪質な飲酒運転の取り締まり対応に追われたものの、取り立てて大きな事件も起こらずに一日の業務を終えようとしていた。 加えてその年は長梅雨ということもあり、軽微な物損事故を起こす車も多発していた。 南 […]
カテゴリー: 小説
第一話 心臓の形(一)遺言
……かつて愛した貴方へ。 私には一切の恐れるものがなくなり、失うものを失い果てて、ついに自由から逃れなくなりました。 すなわち、私が残滓であるということを、他でもない私自身が理解してしまい、この薄汚れた殻を破らざるを得な […]
序章 神保町
いやに暖かい風の吹いた日、芽吹きかけた衝動を噛み殺しながら、彼は神保町を歩いていた。古本屋とカレーとサブカルチャーの香り漂うこの街に、彼は自分を遺棄する場所を探していたのだ。 その両目には諦観とひと匙の狂気のなり損ない。 […]
第一話 檸檬
金曜の夜の新宿を、傘もささずに歩く彼は、数多のネオンを睨み返しながら歩いている。その後ろを、訥々とした足取りで私はついていくのだ。 新宿駅を出てはじめて、雨が強まってきたことを知った。濡れながら歩くのは少ししんどい。 「 […]
第二話 キャラメルフラペチーノ
金曜日の新宿で待ち合わせた。なんでまた、こんなやかましい街に? その問いに彼は、 「スタバに行こう」 と返してきた。 街を見上げればあちらこちらで微笑んでいる、人魚のロゴマーク。 「どのスタバ? この街、スタバだらけだよ […]
第一話 落丁
東京都の西の隅っこの街のはずれにある、とある本屋。真弓がこの本屋でのアルバイトを決めたのは、今月入学した大学と一人暮らしのアパートのちょうど中間という好立地に加えて、カフェが併設されているからだった。真弓は自他ともに認め […]
第二話 ナポリタン
「アリスの栞」でのアルバイトが決まった旨を、さっそく真弓は両親に報告した。 「うん、明日から。家賃はカバーできそうだよ。卒業前には海外旅行にも行けるってさ」 電話口の母親は、「それはすごいね」と笑い、 「体に気をつけてね […]
第三話 マフィン
「あの、スミマセン……お客様……その……」 真弓が口ごもっていると、中野は「あーあーあー、」と手をひらひらさせて、 「真弓ちゃん、気にしなくていいよ。よくあることだから」 とフォローに入ってくれた。 「え、でも」 「気に […]
第四話 カフェラテ
初出勤をなんとか終えてくたくたになった真弓は、アパートに帰るやいなや、そのままベッドに突っ伏した。 (なんだろ、あの人) 急にいなくなった「イケメン落丁青年」のことだ。カフェでの初バイトは、とても楽しかった。マスターもい […]
第五話 素直
心底驚いた真弓であったが、彼女は元来、とても素直な性格だ。それを象徴しているのが、次のこの言葉である。 「あぁ、だからか……」 そう、真弓にはすぐ合点がいったらしいのだ。 「え、何が?」 ハルコが不思議そうに問う。 「こ […]