アパハアパハアナアオセオ

桜の花びら舞う下で「おめでとう」と言われて以来、私は常に桜の散ったあとのことを考えているのです。ちっとも似合わなかった制服をやっと捨てられる、とつぶやいたら少しだけ寂しそうな顔をしたアンパン。それが好きだからそう呼ばれていた、衒いのないあだ名の定年間近の教師のことです。

「おめでとう」に届かなかった人について考え、その名前を文集を縦読みしたらわかるようにしておいたんですね。本当にくだらないでしょう。それを不謹慎だとか喚き立てる人々は忘れることが得意なのでしょう、素直に羨ましいです。

のうてんき←これは漢字で書いたらいけません。本質に近づいてしまいます。アンパンは最後のホームルームで流行歌の替え歌を披露して祝福したつもりになったけれど、一部の女子の失笑を買っただけでした。

あの日の悲しみ〜も、かの日の悔しさ〜さえも時間が癒して、プラスに転換されるのだそうです♪

嘘だよね。

都合よく時間を浪費することだけに価値があるとか、そういう耳麗しい合唱はもうたくさん。多様性からすら溢れたあの子のことも、「いい思い出」になるんですか?

ようやく「おめでとう」をオウムが覚えたので、記念に連れて行きました。虹色のオウムはどこまでも聖賢に語りました。

アタラシイ
パーティーノ
ハジマリ
アタラシイ
パーリィーノ
ハジマリ
アタラシクナル
ナニモカモ
アタラシクナル
オマエタチノ
セイデ
オメデトウ!

「将来の夢は?」
アンパンが問いかけたそれに、私は「無難に暮らすことです」と答えました。笑ってくれる友達はいませんでした。※友達はいませんでした。眉をひそめる同級生なら捌いて腐るほどいました。いくらでも安くしておきます、いかがですか?

「このオウムさんのお名前は?」
「ウソです」
「鷽?」
「ウソです」
「やだあ、どう見てもオウムじゃないの」

もしかしたら今までで一番、笑いをとれたんじゃないかな。そんなもの取ったところで楽しくも嬉しくもなんともないけれど。

もしも一人でも友達がいたら、違う結末が待っていましたか?(ぜひ教えて)

アンパンが最初に噴き出しました。つられて、同級生が前列左から一人ずつ順々に破裂していきました。パン! アン! パン! みたいなあんばいで、リズムよく。三連符のオンパレード。アンパンマーン。

「オメデトウ!」

ウソがその光景を祝福して、気まぐれすぎる春風が教室に散りはじめの桜の花びらを運びました。ひらりひらりと舞うのは、私です。

「オメデトウ!」

ちゃんと忘れたのでしょう、目の前で散り散りになった人たちのうち、私は一人の名前も思い出せないのです。手を伸ばせばまだ生温かい青春、の残り香はこんなにも馨しかったのですね。

『オメデトウ』
「オメデトウ!」
『ウレシイ』
「ウレシイ!」
『アリガトウ』
「ドウイタシマシテ!」

やだ
そんな言葉教えてないのに

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