いちいち心にひっかかる、気にはなるけど解けない謎ならいっそ、丸呑みにしてしまおうか。
あなたのお時間、いただきます。
posted on 2019.10.1.
プロローグ(意味のない幕開け)
これは、紅茶がさめるまでに語られる、「本当の彼」が「彼女」と結ばれるまでの暇潰しにもならない物語。 【悪夢の演出家より挨拶】 最初に告げておきましょう。僕は一介の演出家に過ぎません。この白い箱には約束という名の極上のプレ […]
posted on 2019.9.2.
第一章 幻想即興曲
篠畑礼次郎はスープを掬う手を止めた。しばし微動だにしなかったのだが、たった今受けた報告をもう十分に咀嚼したのか、一人で頷くと 「資料はありますか」 そう若宮郁子に訊ねた。若宮は青ざめた顔色を戻せないまま、おぼつかない手つ […]
posted on 2019.9.2.
第一章 幻想即興曲(一)
篠畑礼次郎はスープを掬う手を止めた。しばし微動だにしなかったのだが、たった今受けた報告をもう十分に咀嚼したのか、一人で頷くと 「資料はありますか」 そう若宮郁子に訊ねた。若宮は青ざめた顔色を戻せないまま、おぼつかない手つ […]
posted on 2019.8.2.
第二章 洗脳の方法
ミズ・解剖医が気だるげに白衣を着替えながら話しかけるのは、一人の迷える仔羊だ。 「つまりは肯定されたいわけね、あなたは。肯定には色々オマケがついてくるから。いい点数、高いお給料、羨望の眼差し。でも誰から? 世界から? 世 […]
posted on 2019.8.2.
第一章 幻想即興曲(二)
篠畑が連続自殺教唆で死刑宣告を受けてから半年後。唐突に執行の日はやってきた。絞首台の上へと、両脇を執行官に抱えられながら、篠畑は死の階段を一段ずつ上っていた。「まるで人生を振り返るように一歩一歩、噛みしめるように上ってい […]
posted on 2019.7.2.
第三章 さようならだけはいわないで
冷たい廊下にカツン、と高音が響く。狭い空間によく映える鋭い音。それがテンポよく聞こえてくる。彼は読んでいた本から目を離し、来客を待った。カツカツという靴音は、彼の部屋の前で止まる。 一呼吸置いてから、来客は静かに彼にこう […]
posted on 2019.7.2.
第一章 幻想即興曲(三)
「いやぁ、似合いますね」 篠畑の社交辞令に、若宮は「どうも」と棒読みで答えた。若宮はいわゆる「キャリア組」のため、本来ならば現場で指揮を執る立場にいるはずの刑事である。だが、父親の遺志を継いで刑事になった彼女は敢えて「現 […]
posted on 2019.6.2.
第四章 その手から零れ落ちる羽
【某年某月 獄中での手記】 いつから、僕は自分の影に囚われ、自分の翳に飲まれたのだろう。それとも、これが僕の本当の姿だったのだろうか? だとしたら、きっと僕は幸せだったんだろう。 彼女が教えてくれたのかもしれない、僕の知 […]
posted on 2019.6.2.
第二章 洗脳の方法(一)
ミズ・解剖医が気だるげに白衣を着替えながら話しかけるのは、一人の迷える仔羊だ。 「つまりは肯定されたいわけね、あなたは。肯定には色々オマケがついてくるから。いい点数、高いお給料、羨望の眼差し。でも誰から? 世界から? 世 […]
posted on 2019.5.8.
第五章 その面影
「――、おはよう」 彼女の記憶から唯一欠けているものがあったとしたら、それはきっと彼が呼ぶ彼女の名前だ。 名前そのものを忘れたわけではない。あの人が彼女の名を呼ぶその声が、どうしても思い出せないのだ。 「……おはよう」 […]
posted on 2019.5.8.
第二章 洗脳の方法(二)
その日の朝も、ミズ・解剖医は鏡に向かい口紅を塗りながら、惰性で朝のテレビニュースを聞いていた。 「……警視庁は先日、同庁刑事の葉山大志容疑者28歳を、器物損壊容疑で書類送検し……」 何、身内さんが捕まったって? ふーん。 […]
posted on 2019.4.30.
第六章 正義の定義
正義(名)セイ・ギ 【器物損壊容疑の取り調べ時に録音された『彼』の肉声】 「僕は、正義だ。ただひたすらに、自分の正義を貫くだけだ。僕は正義の刑事で、あいつは裁かれるべき殺人犯だった。僕は悪くない。僕が悪いわけじゃない。な […]
posted on 2019.4.30.
第二章 洗脳の方法(三)
クリニックのロッカールームの奥に、「ボイラー室」とわざとらしく表示された鉄製の扉がある。これは外とも繋がっていて、外から入る場合は「倉庫」とだけ書かれてある。ミズは朝に受付のおばちゃんから受け取った鍵を突っ込んで扉を開け […]
posted on 2019.4.1.
第七章 正しい紅茶の淹れ方
春の初めの暖かい風が、彼の頬を掠める。彼の足もとには、芽吹き始めた新しい命たち。朝露を受けてしなやかに伸びる、その葉々を邪魔するように一つ、影が転がっている。朝日を浴びたそれは、先刻、ただの肉塊と化した。 逆光を浴びて薄 […]
posted on 2019.3.1.
第八章 その面影
「俺を信じるか?」 彼は相手の目をまっすぐ見ながら、というより相手の目をえぐる様な鋭い視線でそう問いかけた。 「それとも、世界を信じるか?」 「……!」 捕えられた相手は、突き付けられている凶器と思しきものをどうにか除け […]
posted on 2019.2.1.
第九章 彼は気まぐれにキスをする
若宮は動揺を必死に抑えながら、再び咳払いをして 「おはよう、葉山君」 と挨拶をした。途端に背後から、痛い視線の集中砲火を浴びるのだが、若宮は毅然と無視する。 葉山は一歩一歩ゆっくり若宮に近づくと、持っていた花を若宮の机の […]
posted on 2019.1.1.
第十章 沈黙の詩
「宝飯玲子は、ここにいるわ」 ミズはそう断言して篠畑を見据えた。篠畑は言葉を途切れさせたきり、その場に立ち尽くしている。ミズはしてやったりとばかりにニヤリと笑った。 彼女の狙いはただの腹いせだ。こんな舞台で踊らされたこと […]
posted on 2018.12.3.
第十一章 因果
愛や正義は人間の大好物ですからね。人を裁く時も判ずる時も、そこに愛や正義があれば、否、存在などしていなくてもそれを謳えば、どんな利己的な感情も合理的な凶器になる。そのことを君はわかっていましたね。わかっていて、利用しまし […]
posted on 2018.11.3.
第十二章 素数
そういえば、彼女について何も知らない自分に気付いた。彼女の名前は知っている、笑顔は知っている、怒った顔も知っている。死に顔さえ知っていた。けれど、それ以上の何も、彼は知らなかった。十分じゃないかと笑う自分もいる。それでも […]
posted on 2018.10.3.
第十三章 決意
彼女は僕に、絶対的な孤独を与えてくれました。僕がそれをどうして愛さずにいられますか? あの冬の日、彼女は永遠になった。即ち僕の孤独が永遠になったということです。孤独は『1』。死は『0』。僕が彼女と交われば『0』になってし […]
posted on 2018.7.3.
最終章 誕生
決して、俺を忘れるな。 運命の日、あまりにも澄み切った夜空に、星々が瞬いている。太古の人々は、その配置に物語を与えて意味を紡いだ。誰もそれをただの化学反応だと切り捨てなかった。一種の浪漫などに准えて、愛や正義を謳ってきた […]