夏休みが、終わる。

もうすぐ九月一日。夏休みが終わる。14歳だった私にとって、これほどの地獄はなかった。夏休みはまるで、酷刑の執行猶予期間のようだった。夏休みが終われば、私はまたあの苦痛を日々味わうのか。つらい。しんどい。……死にたい。
本気でそう思った。思春期の子どもにとって、デリケートな話題で自尊心を潰されるのは、耐えがたいことだった。容姿のこと、治したくても治せない癖のこと、家族のこと。
学校とは私にとっては監獄のような場所で、そんな場所へ行かなければならないと思いこんでいた日々は、生き地獄だった。
九月一日頃に、子どもの自殺が増えるという。死んでいたのは、私だったかもしれないのだ。とても他人事とは思えない。
だから、非力かもしれないけれど、私はあえて書く。
学校なんて、命がけで行くような場所じゃない。精神をめちゃくちゃに破壊されてまで行く価値なんてどこにもない。逃げるが勝ち、は本当なのだ。
惰性で学校に行き、なんとなく過ごしている輩より、真剣に自分と向き合って生きている方が、学びという点でもずっと意味がある。
学業が気になるなら、今は私が中学生だった頃よりたくさん手段があると思うが、私は通信教育や本屋で参考書を買ってきて、家で勉強した。テストだけ、保健室で受けた。はっきり言って、全然解けた。
「みんなと一緒じゃなきゃダメ」だという思い込みは恐ろしい。私にとってはあの中学校は、行くことにはなんの価値もない、百害あって一利なし、そんな場所だった。
目の前が真っ暗でも、遠くには光が存在しているかもしれない。でも、死んだら本当に終わってしまう。いじめをするような薄っぺらい人間のせいで人生が終わるなんて、もったいない。薄っぺらい人間は薄っぺらい人生しか待ってないが、今苦しんで真剣に自分と向き合っている人には、この先、たくさん面白いこと、楽しいことが待っている。
極寒の冬の後には、必ず春が来る。芽吹きがある。どうか、自分から命を手放すことだけはやめてほしい。本当にもったいないから。自分の人生は自分のもの。いじめっ子はいじめっ子である時点で、人生の敗者だ。
本当に大切なのは、今とこれから先、心からほがらかに笑えるか。他の誰でもない、自分が自分を愛せるか。だと思う。
学校なんてすべてじゃない。泣きながらでも人間は歩けるんだ。死ぬことが頭をよぎったら、まずは逃げること。実際問題どうするかは、周囲の大人の責任でもあるのだ。頼れるところは、頼っていい。
もうすぐ夏休みが終わる。それが、どうした。

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